技術翻訳は、家電品から大型機械まで幅広く工業製品の取扱説明書などを対象とし、読み手に正確な情報を伝えることを責務とします。
技術的な内容をわかりやすい文章で翻訳する過程には陥りやすい落とし穴があります。
今回は技術翻訳の際に起こりやすいミス5つとその対策を紹介します。
技術翻訳でお悩みの方は是非参考にしてくださいね。
技術翻訳の落とし穴とは?

技術翻訳は機械製品やコンピュータなどの取り扱うという性質から、翻訳も機械的にできると思われているかもしれませんが、翻訳においては意外に落とし穴があります。
製品は機械でも実際に使用するのは人間です。開発から製造を担うのはエンジニアや技術者ですが、最終的な使用者が一般人である製品も多くあります。開発側と最終使用者の間に立ち、製品を適切かつ安全に使用してもらうための文書を提供するという役割を果たしているのが技術翻訳です。
一般人を使用者として想定する場合は読みやすさの基準が高くなります。想像力や販売戦略を要するキャッチコピーやPR文章ではありませんが、使う人の立場になって使いやすい製品であることを文章で証明しなければなりません。
製品の説明書がわかりにくかったら、その製品を使うことが面倒になってしまうでしょう。不適切な使い方により、使用者に危険がおよぶ可能性もあります。文章の出来栄えにより製品に対するイメージや信頼性が決まってきてしまうのです。
技術翻訳によくあるミス5つを紹介

英語、日本語の技術翻訳に起こりやすいミスを5つ紹介します。
①原文の英語の理解に問題がある
英語から日本語へ翻訳する技術翻訳において、英語の原文の内容を正しく理解できていないために日本語の訳文に間違いがある場合です。
次のような英語の理解に原因があるミスがあります。
英単語のミス
単語の意味を間違えている、単語を見間違えてほかの単語として訳しているなどです。
次のような見間違えやすい単語があります。
cooperation 協力
corporation 有限/株式会社
identify …が同一であることを確認する
identity 全く同一であること
device 工夫、装置
devise 工夫する
form 形式、種類
from …から
基本的な単語ばかりですが、英語に慣れている人ほど簡単な単語はわざわざ調べない傾向にあるので間違ったまま読み進めてしまうことがあります。
訳の過不足
よく起こるミスとして「訳抜け」があります。原文に書かれている単語や文章が訳文には書かれていない、というミスです。
訳抜けにより原文には書かれている”not”を見逃して否定文を肯定文として訳してしまうと、本来の意味とは正反対になってしまいます。
逆に、原文に書かれていないことが訳文に書かれているというミスもあります。翻訳者の思い込みで原文にない情報を付加してしまうと正確な翻訳ではなくなってしまいます。
専門知識や調査の不足
該当分野における学習・就業経験が十分ではない場合は、専門知識の不足により製品の構造や動作を正確に理解することは難しいでしょう。
また、専門用語の調査を怠り思い込みで訳してしまうと原文の意味と異なってくる場合があります。
②日本語表現に問題がある
英文を正しく理解することはできるが、日本語の表現が正確ではない場合があります。日本語ネイティブなら誰でも日本語の文章は書けるだろうと思われがちですが、正しい日本語の使い方やテクニカルライティングのルールを習得していないと技術文書として適切な文章は書けません。
次のような日本語表現に原因があるミスがあります。
呼応表現の誤り
日本語には次のようにある言葉に対して受ける言葉が決まっている「呼応表現」があります。
「決して」には「~ない」
「まったく」には「~ない」
「なぜなら」には「~だから」
「たぶん」には「~だろう」
これらは一例ですが、一対で一定の表現になっています。
これが、「決して、~ある」や「まったく、~ある」などになっていると日本語として間違っていることになります。
呼応表現の例文
原文:最大の難点は、ユーザーインターフェースが搭載されていないからです。
修正文:最大の難点は、ユーザーインターフェースが搭載されていないことです。
主題である「最大の難点」を受けるには「~こと」を使います。
日常会話では原文のままでも通じてしまいますが、文章では正しい呼応表現を使いましょう。
主述のねじれ
日本語の文章は、主語と述語だけを並べた状態で文章として成立するように書きます。主述のねじれがある文章は日本語として違和感があるうえに、内容の理解に時間を要するので、読むことが苦痛になってきます。
主述のねじれの例文
原文:データは100回以上転送している。
修正文:データは100回以上転送されている。
無生物主語の場合は、述語は受動態として主述関係を合わせます。
文体や語句が統一されていない
日本語のビジネス文書では基本的に敬体の「~です」「~ます」か、常体の「~だ」「~である」のどちらかに統一すべきですが、これらが混在している場合があります。
また、「開始」ボタンを押す、「スタート」ボタンを押す、のようにひとつの言葉が漢字とひらがなで書かれていたりすると読み手が混乱します。
ほかに単純な入力ミスにより同じ単語が別の単語になっていたり、変換ミスで違う漢字になっていたりすることがあります。
③原文の日本語に問題がある
日本語から英語へ翻訳する技術翻訳において、エンジニアや技術者が作成した設計仕様書や図面などの文書を翻訳する場合、「一般人向け」の文章になっていないことがあります。
技術者同士でしか通じない表現をそのまま文書化してある例を2つ紹介します。
(例1)「フォーカスを外す」
ソフトウェアの画面上で入力を確定する「確定」ボタンがない仕様の動作指示です。テキストボックスに必要事項を入力したあと、テキストボックス以外の部分でクリックすると確定される、という動作に対して「フォーカスを外す」と記載されています。
直訳:Remove focus
修正訳:Click anywhere not on the text box to submit.
テキストボックス外でクリックして確定する
(例2)「コンタミ注意」
輸出先の現地で組み立てが必要な精密機器などの取扱注意事項です。組み立て前に汚れを取り除く動作に対して「コンタミ注意」と記載されています。
直訳:Pay attention to contamination.
修正訳:Remove contamination from the substrate before assembly.
組み立て前に基盤の汚れを除去すること
日本語から英語に訳す場合「文章」を翻訳するのではなく、実際の動作を想定して「動作の指示」を適切に英語で表現しなければなりません。
また、下記のような日本語的なカタカナ英語や、正しい使い方ではない英語が多用されていたり、日本人技術者のあいだだけで通用している表現が使われていたりする場合もあります。
カタカナ英語 | 英語 |
---|---|
ペンチ | pliers |
コンセント | socket |
ピンセット | tweezers |
ステンレス | stainless steel |
ハンドル(自動車) | steering wheel |
ドライバー | screw driver |
④ルールが守られていない
翻訳会社で扱う多くの翻訳案件では表記や文体、表現のルールが決められており、専用の用語集などが用意されます。これらのルールをよく理解せずに同じミスを繰り返しながら作業を続けてしまうと、修正に時間を多くとられて結果的に作業時間が長くなってしまいます。
事前にこれらのルールを理解して遵守することができていれば、上述の英語や日本語のミスに関してもある程度防ぐことができます。
チームで分担して作業する場合、1人の作業者がルールを守られていないことで全体の作業を停滞させてしまうことになりかねません。
⑤ツールの使い方を習得できていない
技術翻訳では翻訳作業をより確実に効率的に進められる翻訳用コンピュータプログラムであるCATツール(Computer Assisted Translation:コンピュータ翻訳支援)の導入が進んでいます。最近はツールの使い方を習得していることが翻訳者としての応募条件になっている翻訳会社も多く、必須要件となりつつあります。
一方で上述の語学や翻訳のルールなどにおいてはミスがない翻訳者でも、ツール操作に慣れていないためにミスをする可能性があります。
CATツールでは次のようなミスが起こりやすくなります。
・メモリに保存してある訳文を念入りに調べずに使ってしまう
・HTMLなどタグの知識不足により必要な情報を消してしまう
・用語集のシステムに慣れていないため用語の検索漏れが起こる
技術翻訳落とし穴対策

今回ご紹介した技術翻訳に起こりやすいミスを回避し、正確な翻訳を行うためには根本からなにが悪いのかをあぶりだし、ミスの原因を突き止めて対処していく必要があります。
次の落とし穴対策が挙げられます。
適した人材に依頼する
技術翻訳に限らず、「英語の翻訳」というと英語力だけが重視されがちですが、英日翻訳の場合は日本語のテクニカルライティングを習得していることが求められます。
技術翻訳に専門知識は必須です。該当分野の専門知識が不足しているとその分野についての正確な翻訳はできません。
オンサイトで文系出身者が翻訳業務を担当する場合は、エンジニアや技術者から正確な動作を聞き出して理解し、表現できるコミュニケーション能力が必要です。
在宅フリーランスの場合は該当分野、業界での就業経験があり、自分自身で取り扱う製品がイメージできるレベルの専門知識を有することが求められます。
また、原文が英語以外の外国語でその言語から英語に訳された文章を翻訳する場合、すでに原文の一次翻訳に間違いがあることもあります。技術翻訳においてこのような場合はいっそう理解することが困難になります。専門知識に加えて、原文の言語力と英語力の両方を有する翻訳者が対応するべきでしょう。
日本語のマニュアルを磨き上げる
翻訳の段階で修正しても原本がそのままではミスは繰り返されます。マニュアルなどの操作方法の誤った記載は、事故の原因にもなりかねません。
翻訳するまえに原文である日本語のマニュアルの見直しを行いましょう。上述の日本語表現の誤りの修正などを行い、日本語のマニュアル、用語集などを徹底的に整備することで次のようなメリットが得られます。
- マニュアルの品質向上によりお客様満足度が向上する
- ヘルプデスクやサポートエンジニアなど担当者への問合せ・対応数が減少する
- 定期的な用語集・スタイルガイドの見直しにより、誤訳を回避できる
- マニュアルのバージョン管理をすることで迅速な対応ができる
以上の対策を十分に行うことが翻訳のミスを減らすだけではなく、コスト削減にもつながります。
翻訳者自身の意識の向上
英単語の間違えや訳抜けなどのミスを減らすには翻訳者自身が自分の弱点を研究し、対策をとっていかなければなりません。英語力と同様に日本語力のトレーニングも必要になります。
また、完璧な英語、日本語の技術文書を仕上げても、規定に従っていなければ商品として完成しません。定められたルールを守れずに繰り返し同じようなミスを頻発するような場合は、翻訳スキルとは別の注意力、記憶力の問題となります。
翻訳依頼者であるクライアントの先には最終使用者のお客様の存在があることと、お客様に読んでいただくというサービス精神を常に意識できていれば、ルールを守らないことによるミスは減らせるはずです。
Excelの用語集なら正しく用語を検索できるのに、ツールが変わることで作業の質が落ちてしまうような場合は、新しいツールに対する適応力を鍛えていくしかありません。現在のデジタル社会において、進化するツールとともに自分自身もアップデートしていかなければ、今後は継続して技術翻訳の依頼を受けることは難しくなります。
英語のケアレスミス防止、日本語の表現力向上、ルールの遵守やツールの習得については翻訳者個人の努力次第であるといえるでしょう。
専門性の高い技術翻訳は翻訳会社にご相談ください

今回ご紹介したとおり、技術翻訳には語学力や専門知識、IT対応力など多岐にわたる技量が求められます。専門性の高い技術翻訳は専門の翻訳者への依頼をおすすめします。
FUKUDAIの技術翻訳サービスでは、各専門分野において豊富な知識と経験を有するエンジニア、技術者の翻訳者が揃っています。品質や料金などもお客様のご要望に沿って提案させていただきます。どうぞお気軽にお問い合わせください。
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